

ヘブル13:3
牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやり、また、自分も肉体を持っているのですから、苦しめられている人々を思いやりなさい。
東北地方太平洋沖地震によって、大切な家族をなくしまた今も捜しておられる方々、避難所で寒さと悲しみに震えておられる方々のことを思うと、涙が止まらず心が押しつぶされる思いです。Awanaにかかわる全世界の人々が祈り続けています。
私たちは祈っています。

世々限りなく星のように先月の4月10日、父が召されました。96歳でした。父との約束でしたので、私が葬儀の司式をさせていただきました。父はすでに信仰告白をなし、病床洗礼を受けていました。
私たち兄弟の中に福音の種が蒔かれるきっかけを作ってくれたのはこの父でした。父がまだ30歳代の頃、高知県の山奥の本山という小さな町の小学校で教員をしていました。その頃、父は子どもたちの手を引いて日曜学校に連れて行ってくれたのです。クリスチャンではなかった父が、なぜと不思議な感じがしますが、その頃から父の中にも求道心が芽生えていたのでしょう。
昨年の秋、60数年ぶりにその地を訪ねました。この写真の階段の上に「片岡館」という衆議院議長まで務めたクリスチャン代議士・片岡健吉の別荘があり、そこで日曜学校が開かれていました。私はその頃はまだ4, 5歳でしたが、「片岡館」の跡地に立って「ああ、確かにここが私の魂のふるさとだ!」との確信が与えられました。
その日曜学校によって心が耕され、福音の種が蒔かれたのです。子どもの魂に福音の種をまく…それは私たちが考える以上の大事業なのです。「…多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる」(ダニエル12:3)
Awana リーダーの労苦も決してむだにはならない、永遠に星のように輝く最高の働きです。
横山幹雄(となみ野聖書教会牧師)

Awana 子ども伝道研修会で「Rock-Solid Kids」という児童伝道に関するテキストの学びの分科会を毎年1課ずつ増やしながら進めています。今年の課には、聖書の中で活躍した子どもたちの一覧が挙げられていました。
サムエル(1サムエル2:18)。ナアマン将軍の召使いの女の子(2列王記5:2-4)。ダニエル(ダニエル1:8)。ヨセフ(創世記39:9)。ダビデ(1サムエル16:12-13)。ヨシヤ(2列王記22:1-2)。
彼らは主の栄光を現すために用いられた子どもたちでしたが、何の準備もなく主に仕えることができるようになったのではありません。彼らの語った言葉や行いを見ると、この子どもたちが幼い頃から聖書に親しみ、主がどのようなお方かを知り、子ども故の素直さで主を信頼し、従っていたことが分かります。そのような備えの上に、この子どもたちの活躍があったのです。
Awana の奉仕をしていると、子どもたちがこんなに難しいみことばを覚えて何の役に立つのだろうと思ったり、ご褒美などで釣って、ただ覚えさせているだけなのではと感じることがあるかもしれません。しかし、子どもたちは、主の生きた言葉であるみことばに親しむことで、主への素直な信仰の基礎を築き、やがて、主に用いられる奉仕者へと成長していくのです。
鈴木 悟(Awana 宣教師)
お手伝いしたぁい!
先日、新年度に備えてスパークスとT&T のハンドブックをたくさん印刷しました。Awana のハンドブックはすべて一枚ずつ分かれていて、その左端をリングで綴じた体裁です。製本する際に、1 枚ずつページを重ねて1 冊にします。その作業を内灘聖書教会の食堂をお借りして、日曜日の礼拝の後に行いました。
テーブルの周りにページの束を1つずつずらりと並べていると、クラバーのお父さんがひとり、手伝いましょうかと声をかけてくれました。二人でページを拾っていると、すぐにその子どもたちが、何してるのぉと加わってくれました。すると、その友だちが「私もお手伝いしたぁい!」と飛んできました。そこへ他の子どもたちも加わり、それに促されるように、大人も加わって、みるみるハンドブックが出来上がりました。
その週のカビーズでも、翌日の礼拝のために小礼拝室のお掃除をして机やいすを並べて、「神さまのお手伝い」をしました。子どもたちは喜んですばらしいお手伝いができました。子どもたちには、お手伝いをする良い心が与えられているのです。私たちはその心をいろんな面で実際に働かせることができるように、子どもたちを励まし続けなければなりません。「手伝いましょうか」と模範を示してくれたお父さんのように。
江川克巳( Awana 宣教師)